8.8のひとりごと
8.8、東京ドームでの「伝説の始まり(公式)」とやらを、私は友人の家で見ていた。
開始1時間くらい経った頃、突然ジェシーが真剣な顔して、伝えたいことがあるとか言ってきた。
それまでのお仕事の告知タイムとは違ってすごい真剣な顔して、それもすとだけじゃなくて、すのも横並びで立ってて。
え、まってよ。こんなん。
開始前から友人は嫌な予感がする、胃が痛いと言っていた。確かにこんだけ匂わせといてすとデビューすんのかな〜くらいに思ってた。でも私も胃は痛かった。直前に食べた刺身こんにゃくを後悔した。
横並びの15人を見て、すとだけのお知らせじゃないって思った。
すとだけデビューなんて酷すぎるでしょこの立ち位置って思った。
推しGなのに、「すのがデビュー」ってことが正直浮かんでなかった。
横並び…?こんなん、
少年たちのお知らせにしては壮大すぎねえか?
とか本気で思ってた。
同時デビュー!ドーン!ってなった時には意識は飛んじゃいそうで、隣で友人がボロボロ泣いてて、感情を剥き出しにできる彼女が心底羨ましかった。
私はいま、何を考えてる?
何を思ってる?
嬉しい?悲しい?悔しいのか?
訳が分からなくて、後半戦は、ライブを見届けながらも、楽しくキンブレを振っていた手が自然と止まった。
事務所担みたいなオタクなんだ。私。
ジャニー喜多川の作った世界に魅了されて、翻弄されてるんだ、私。
「ジャニーズ」を愛してるんだよね。背負うもの、背負わされるもの、選ぶもの、時に捨てる選択さえも、彼らの生き様で、それさえも商品としての価値にしてしまう、ジャニーズのアイドルがだいっっっっすきなんだ。
デビューって、明確なパワーバランスの変化なんだな。該当担になって初めて知った。いや、今の時代なら該当担じゃなくてもわかったことかもしれない。
横一列で戦ってきたジュニアが、デビューを果たすとなると、負けてられないと他のひとたちも続こうとする。
ああ、これが、デビューの持つ力か。
ジャニーズ事務所のデビューが特別なものであることはその注目度からして、オタクでなくても知っていることだろう。
その価値を重視するからこそ、簡単にデビューできないし、それに向かって切磋琢磨することでレベルも上がる。
うまくできてるよな。
綺麗な男の子たちが苦しむ姿を見たいって社長、まじもんの悪趣味だけど、
超わかる。
だって顔がいい男たち、普通に生きてりゃ幸せに割となんの障害もなく生きていけちゃうもん。苦しんでたら手を差し伸べたくなっちゃうもん。めちゃ儲かるビジネス過ぎて草。俺は永遠に経済回す側。
何話したいか忘れたわ。
推してる子達のデビューを見届けることが初めてだから、どんな顔してあげたらいいのか分からない。
ジュニアの現場初めて行ったのが春。横アリのプレ販で、JKが「すとすきだけど、デビューして欲しくない」って言ってたのを聞き耳立てて聞いてて、なにそれ、って思った。大好きな人たちの望むことを喜ばないファンがファンと言えるのか?なんて思った。顔がいいから、楽しいから、そんな理由でここに来たのか?いや、本来そんなものか。私が重いんだな。そうかそうか。
地方に住んでいればアイドルは雑誌やテレビでしか見ることの出来ない存在で、とても同じ世界に住んでいるとは思えない存在として認識することが多いのかもしれない。
それにジュニアなら、より近い感じで応援できるし、そりゃ都内に住んでたら感覚違うよね。って思ったりもした。
何を話していたんだっけ。
嬉しい。彼らがずっと追いかけていた憧れの終着点に、辿り着ける日が確約されたこと。カラオケで彼らの曲が歌えること。日本中のひと、いや、アジア、世界のひとも彼らを知る機会が増えること。その歳でジュニアなのって言われないこと。彼らの活躍が色々なところで見られること。CDを買うことができること。
寂しい。遠くに行ってしまうこと。ファンの母数が増えること。ライブの規模が大きくなること。
喜ばしいことなんだ。すごくすごく。
数字が大切だと言葉にしてくれるから頑張れる。
でもそれは義務じゃない。私は彼らを応援したいから、作品は多種買うし、再生回数も増やす。それでも、それが彼らを遠くに連れて行ってしまうから、何となく、寂しい。でもそれが彼らの望むことにつながる。
みんなそうなんだ、どの界隈でも、売れない時期を支えてきたファンはいつもどこかで寂しさを抱える。私の大好きな人たち、すごいでしょ!って、それだけでは心が折れる日もある。
数字が大切だと言ってくれるけど、逆に言えばそれは彼らにできる私たちからの唯一の恩返し。「一緒に」と、声にしてくれるだけありがたい。私は頑張る。何度も救われてきた彼らに、少しでもなにか返せるように。
何が話したかったのか分からなかったけど、おしまい。